小説 さまよう螻蛄の嘆き

<h1>さまよう螻蛄の嘆き</h1>
<h3>序章</h3>
 ポカポカと照りつける陽射しを背に受けつつ、黙々と土を耕す鍬の音色は、優しくもあり力強さを秘めている。  カツン、カツンと火打石を打つような調を奏でつつ、時折甲高い悲鳴に近い音を辺りに響かせていた。鍬をあらゆる方向に振り落としてみても、小さな火花と甲高い調は止む事は無く、加えて何処をどう掘っても石やゴミに翻弄されっぱなしである。遅々として土を起こしきれない状況に、焦りのあまり暫しの静寂が訪れたかと思えば、再び黙々と鍬を振り備中を掻き立てリズムを刻んでいる。
 それもそのはずで、以前は宅地であった場所が整地され、長い年月を経て放置されていた。其処に繁茂していた野草を刈り取れば、たちまち乾いた土が剥き出しになるけれど、降り注ぐ雨と七日程度の刻を待てば直ぐに雑草が生い茂る空き地です。
 あちこちの土を掘り返しても、出てくるのは大小の玉石とコンクリートの瓦礫だけで、これといって楽しみがあるわけでもない。土を堀り返せば何らかの生き物が見つかるものだが、ミミズ一匹すら見つからないのは本当に珍しい。それでも男は黙々と土を掘り返して柔らかくほぐし、シャベルで掬ってふるいにかけて丁寧に瓦礫と石を選り分けている。そんな時間が延年と続き、それはいつしか夏を過ぎても終わらなかった。

<h2>第一章 歎きと喜びの果てに</h2>
 あまりにも瓦礫の多さに癖癖として、折角畑として使いたいのに延々開墾ばかりを続けていては、いつになったら野菜を育てられるのかさえ見込みが立てられないほどだった。人力で開墾している土地の面積は約36坪(120㎡)もあり、そのすべてを掘り起こさなければ何処に何が埋まっているのか皆目見当がつかないからである。最初は黙々とした作業もに耐えていたが、余りにも単調な日々を送っていることに嫌気がさせば、自ずと愚痴をこぼし始めるようになっていた。

 「是だけ丁寧の掘り返していけば、絶対に地山に突き当たるよな」

 そう…この男、以前の職業は地質調査専門の技術者だけに、土に関して可成り詳しくて幅広い知識を経験を重ねて培っていた。平野部を形成しているのは河川の蛇行による氾濫が繰り返され、川の流れは肥沃な山の土を増水した濁流と一緒に流れ出して、低地に堆積させた云わば扇状地である。山の肥沃な土を河川が運び積もらせている訳だから、何も足すことなく野菜が育つ肥沃な土地であること知っていたのだ。男が開墾している場所のその例外ではなく、二つの河川が流れる中須に位置している。昔から大雨で増水しては氾濫を繰り返していた一帯でももあった。

 「是だけ開墾しているのだから、お宝の一つくらい出て来いよ!」

 思わ男は本音都の思える言葉をつぶやいた。
 欲を願うのは無理もない話だが、抑々は肥料や農薬の影響を一切受けない場所がほしくて、そんな理想的な場所でのんびりと野菜を育ててみたかったのである。生態系と食物連鎖を育む自然回帰型の農業を模索するために、敢えて放棄された土地を選んだのだ。それが運よく手に入っただけでも奇跡というか、神仏の仕組みを感じざるを得なかったようである。しかし、かなり信心深いという訳でなく、俗に言う御蔭信心の類で、自分とって都合の良いこと事だけを頼る傾向があったようである。

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<h2>第二章 虫たちの棲み処</h2>

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